借金地獄で死にたいけど死ねない体験談

知り合いが、事業に失敗してお金の工面が出来なくなって、家に借金取りが大勢来ている現場を見てしまいました。
消費者金融での借入なのか、それともどこか別の闇金融なのか、元請けさんなのか、方面は分からないものの、最悪の結果を招いているなと思いましたね。

今の時代は、損して元を取れるという時代ではなくなったので、もし少し損をすれば、少しの回収でも実際は難しいと思わないといけません。
回収したい気持ちがあっても、設けている会社や、出してくれる場所がないのですからどうしようもないのです。

商売をするのであれば、元請けに回るか、自社生産に回るしかないのであって、少なくても1次下請け以下に回るようなら、商売する時も気をつけないといけないと思います。
借金取りに追われていた知り合いは、今は行方が分かっていないし、連絡も取れない状況になっているので、どうしたらいいのか困っています。

こちら側にも債権があるので、早く現れてくれないかなと感じています。
こっちの方が、もう死にたい気分です。
融資を受ける時は、清算する段取りが出来ている状況でないと、お金を借りてはいけないと思いました。

100万円でも200万円でも、お金がなければ事業など出来ないし、借金地獄で死にたい状況になってしまします。

大きな魚を狙うのは当然ですが、細かな気配りは忘れてはいけないなと、思いましたね。
借入するのであれば、覚悟をして借りましょう。

参考:借金 死にたい

闇金の取り立て生活!借金地獄で死にたい体験談

その場しのぎで何とかする性格が災いして、今まで三十年生きてきて、自分の収入よりも出費がかさむ人生を送ってきました。
それでも周りに助けられてなんとか生きてきたので、更に図に乗り借金を繰り返してきました。

そんな生活を送ってきたせいで、今まで助けてくれていた人から見放されるようになり、助けてくれる人もいなくなってしまいました。
借金できるところもなく途方にくれて、もう死にたいと思っていると、町の電柱に携帯電話番号を書いてある闇金を見つけたのです。

精神的に麻痺していた私は、それをみて「やばい」と思わず「ラッキー」と思ってしまったのです。
そして、借金を申し込むために闇金に電話をかけました。

一回目は繋がりませんでした。
時間をおいて二回目、やっとつながり話をすると、闇金の事務所にきてくれとのことで、早速お金を借りにいきました。

この時点で私は被害者意識があり、「周りが私を見捨てたからこんなところで借金することになって死にたい気持ちだ!」と思っていました。

事務所は小さなビルの一番上にあり、露骨に闇金とは書いていませんでした。
事務所に入ると、数人のスーツの男性がおり、こちらをじっと見ています。

担当の人に、今までこのくらい借金してきてクビがまわらないのでお金を借りにきた話をすると、私の場合、結構融資としてはきついらしく、私が50,000円借りても手数料として25,000円は引くので、実質25000円しか手元にいかない、と言われました。

お金がないのですから、背に腹はかえられません。
それでOKし、闇金からお金を借りたのです。
借金の返済日、やはり返すことができず、しつこく電話がかかってきます。

電話に出たところで返せないんだから出なくていいや、と思っていると家にまで来てしまいました。
ちょうどそのとき、家には親が遊びにきていて、私を部屋に閉じ込めるとローン会社の人と何かしら話をしていて、呼ばれて出て行くとローン会社の人は既にいなく、母は泣いていました。

ああ、母親が立て替えてくれたんだなぁ、と思うと同時に母からパンチをくらい、私は実家に連れていかれました。
今は、ほぼ監視下で毎日会社にいって実家に帰るだけの生活で、もう死にたいです。

そんな生活をおくる内、一人暮らしをするとお金をまた借りてしまいそうなので、親が生きている間は今の生活でいいかと思うようになりました。
親が死んで一人になったとき、またお金を借りてしまうのではないかと思うと怖いです。

ギャンブルの借金地獄で死にたい体験談

私はお金の事で本当に嫌になって、死んでしまいたいと思ったことが何度もありました。
それは数年前のことになるのですが、当時は仕事を退職し、かなり自暴自棄になっていたこともあって、ギャンブルにハマってしまいました。

そのために私は貯金を全て使い果たし、やがてはギャンブルのために、消費者金融でお金を借りるという一番してはいけないことをしてしまいました。

そして、私は何の計画性もなくただギャンブルのために借りた影響で、借金がどんどん増えていって、やがて返せないような金額になってしまいました。

私はそのときの自分のしていた愚かな行いに嫌気がしました。
なかなか返せない借金で本当に死にたいと思いました。。

しかし、借りたものはやはり返さなくてはなりません。
私は仕事を見つけ、今度はギャンブルなどはせずちゃんと返していこうと思いました。

それから働くこと二年、何とか借金を返済することができました。
あの当時は地獄で、本当に苦痛でした。

自業自得でしたが、自分自身にも支払いにも嫌気がさして、死にたくなったあの日を今でも思い出します。
正直もう二度と借金漬けの日々には戻りたくないです。

あのときの教訓を生かして、これからは借入を作らない生活を心掛けていきます。

闇金の借金地獄で死にたいけど死ねない

私は脱サラを決意して、長年の夢だった弁当屋を開業しました。
最初は地域に唯一の弁当屋ということで儲かりましたし、地域住民との関係もうまくいっていました。
しかし、相次ぐコンビニエンスストアの開店によって、日に日に客足は遠くなってしまいました。

ある月、赤字を叩き出してしまいました。
最初は消費者金融や銀行系カードローンで借金しましたが、自転車操業は長く続きませんでした。
そしてついに、闇金融に手を出しました。

そこは地域ではかなり有名な闇金融でした。
とあるデパートと、無茶苦茶理論で土地の所有権を争ったり、張り紙等々の嫌がらせをしたり、酷いところでした。
それでも、そこ以外に頼るすべが私にはなかったのです。

借金金額は300万円でした。
特に借金返済の見込みはなかったのですが、それでもほんの少しずつ客足が戻って来ていたので、淡い期待を抱いてしまったのです。

半年後、結局返済はできなくなりました。
もう死にたいと思うようになりました。

また法外の金利だったため、闇金への借金返済額は450万円を越えていました。
返済するお金が不足して、店を閉めて隠れていると、電話はじゃんじゃん鳴り響き、シャッターには罵詈雑言の書かれた張り紙を毎日のように張られました。

私は、夜逃げしました。
死にたいけど、死に切れませんでしたから。

弁護士に相談すれば良いといった意見もあるでしょうが、そんなことをしたら何をされるかわからないと思ったのです。
結果的に見知らぬ土地に引っ越して来て、今は平穏に暮らしています。

ただ結局返済することもできずに逃げて来たので、闇金に見つかったらどうなるのだろうと日々怯えて過ごしています。

wpmaster